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今年の「加賀VS越中おもしろ源平大綱合戦」は津幡の勝利!!

一昨日はあいにくの曇り空でしたが、時折太陽が顔を見せる中、
倶利伽羅古戦場跡で「加賀VS越中おもしろ源平大綱合戦」が開催されました。

決戦前の両軍(左から)巴御前、木曽義仲、平維盛、平家軍の女武者

1183年5月11日の倶利伽羅源平合戦にちなんだこの大綱合戦では、
越中から攻め込んだ源氏・木曽義仲軍の小矢部市と、
加賀から攻め込んだ平家・平維盛軍の津幡町で戦われます。
普段は大河ドラマ「義仲と巴」誘致を目指してともに戦う仲間ですが、
この日ばかりは敵と味方に分かれ、全長120メートルの大綱を引き合います。

「今年は勝つぞ!」津幡町の平維盛軍 「今年も勝つぞ!」小矢部市の木曽義仲軍

これまでの通算成績は津幡が3勝4敗、今年は何が何でも勝ちたい!!
決戦前のセレモニーでは、その熱い意気込みが伝わってきました。
「今年は津幡のためにどうか負けてください」と矢田町長がお願いすると、
会場からは爆笑と拍手が巻き起こりました。

全長120メートル、直径約12センチの大綱 決戦直前の両陣営

津幡が赤、小矢部が白のハチマキを締めた各陣営100名が、試合時間15秒間の3本勝負に挑みます。
1本目は力強いふんばりで津幡が勝ち、2本目は小矢部が巻き返して勝ち、
最後の大勝負は圧倒的な力で大綱を引っ張った津幡の勝ちでした。

津幡・矢田町長も奮闘! 小矢部・桜井市長も奮闘!

今年は源平合戦の歴史を変えた!?津幡の平維盛軍のみなさん、本当にお疲れさまでした(^O^*:)
一方、津幡の「負けてー負けてー」の心理作戦に負けてくれた!?
小矢部の義仲軍のみなさん、本当にありがとうございました(^o^)
これで通算4勝4敗の大綱合戦、来年はどちらが勝つか、楽しみですね♪

力強いふんばりを見せる津幡の平維盛軍 圧倒的に大綱を引っ張った津幡の勝ち!

当日「倶利伽羅峠の歌」が流れる会場では、津幡町ゆるキャラ「火牛のカーくん」と
茶目っ気たっぷりの小矢部市ゆるキャラ「メルギューくん」も登場し、
記念撮影するチビッ子たちに囲まれ大人気でした。

チビッ子たちに大人気のゆるキャラ「火牛のカーくん」と「メルギューくん」 「おもしろ人物クイズ」に挑戦するチビッ子たち

小学生以下のチビッ子たちが参加した「おもしろ人物クイズ」では、
源平ゆかりの伝統芸能で活躍する地元人が登場し、
小矢部からは越中源氏太鼓保存会による和太鼓、津幡からは白鳥吟詠会による詩吟が披露されました。

倶利伽羅地区にも残る「源氏太鼓」は、倶利伽羅合戦で活躍した小矢部の武将、
蟹谷次郎たち義仲軍が戦勝を祝った酒宴で打ち鳴らした太鼓が始まりとされています。
越中源氏太鼓保存会では、小矢部市が毎年7月に開催する「源平火牛まつり」などで、
源氏太鼓を演奏しています。

越中源氏太鼓保存会による桶太鼓と篠笛の演奏 「ああ、倶利伽羅古戦場」を熱唱する白鳥吟詠会の中島初子さん

白鳥吟詠会の中島初子さんは、歌謡曲を盛り込んだ「ああ、倶利伽羅古戦場」を熱唱しました。
腹筋と背筋を使って歌う、その力強い美声にうっとりさせられました。
同会では、毎年「源平倶利伽羅を詠う全国吟詠大会」を開催しており、
昨年からは義仲ゆかりの地、木曽からもご参加いただいているそうです。
ちなみに、今年は6月2日(日)に開催予定だそうです。

大綱引き合戦後は、加賀と越中の2コースに分かれ、
新緑まぶしい歴史国道「旧北陸道」を散策!?のはずでしたが、
途中、雨やあられに見舞われ、傘や雨ガッパを着ての道中でした。

平維盛率いる行列が猿ヶ馬場を出発 名所「倶利伽羅小道」を散策

平維盛率いる行列は「倶利伽羅源平の郷」竹橋口を目指して猿ヶ馬場を出発し、
倶利伽羅公園倶利迦羅不動寺と続く倶利伽羅峠を下っていきます。
山森集落から旧街道に入り、馬洗い場跡を通り過ぎた一行は、
雨の中、めげずに龍ヶ峰城址公園まで歩きました。

ほぼ満開の山森集落の八重桜 雨にも負けず龍ヶ峰城址公園を目指す

同公園駐車場「道番人屋敷跡」でお茶とお団子で一息ついた後、残り後半の道のりを進んでいきました。
車では通れない旧街道の一騎討ち跡前坂権現を過ぎた頃、ようやく雨も上がり、竹橋に到着しました。
参加者のみなさん、雨の中、本当にお疲れさまでした。

道番人屋敷跡でお茶とお団子でホッと一息 最後の難所「前坂権現」はすぐそこ

1996(平成8)年から始まったこの「加賀vs越中おもしろ源平大綱合戦」は、
倶利伽羅さん八重桜まつり」とともに、倶利伽羅峠の春を告げる風物詩となっています。
この日は残念ながら、山頂の八重桜はまだ七分咲きでしたが、連休後半には
倶利伽羅公園一帯の八重桜が満開を迎え、お花見には最高ですよ♪
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倶利伽羅峠の春を告げる八重桜

今週末から始まるゴールデンウィークは、6,000本の八重桜が咲き誇る倶利伽羅峠に出かけませんか?

1183年5月11日の倶利伽羅源平合戦にちなんで、4月27日(土)には
倶利伽羅古戦場跡で「加賀VS越中おもしろ源平大綱合戦」が開催されます。
昨年は津幡の平維盛軍が小矢部の木曽義仲軍に惜しくも敗れ、
これまでの通算成績は3勝4敗だそうですが、今年はどちらが勝利するか、楽しみですね♪

4月27日(土)加賀VS越中おもしろ源平大綱合戦

次いで、4月28日(日)~5月5日(日)まで「倶利迦羅さん八重桜まつり」が開催され、
ちょうどその時期、倶利伽羅公園一帯の八重桜が満開を迎えます。
期間中の夜間(18時〜22時)は、満開の八重桜がライトアップされますよ♪

4月28日(日)~5月5日(日)倶利迦羅さん八重桜まつり

また、4月28日・29日の両日(午前11時~12時)には、倶利迦羅不動寺
厄除けの念仏赤餅つきが行われ、参拝者に無料で振る舞われるそうです。

4月28日・29日(午前11時~12時)厄除けの念仏赤餅つき

今年の連休は、倶利伽羅峠の春を告げる八重桜を堪能してくださいね♪

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能瀬川公園桜まつり

先週の日曜日、能瀬川公園桜まつりに行ってきました。
春本番を迎えた空の下、両岸の桜が満開の能瀬川で、屋形船が行き交い、
こいのぼりも気持ち良さそうに泳いでいました。

桜が満開の能瀬川をパレードする花嫁道中

同地区で「順徳さん」として親しまれる上皇伝説にちなんで、
今年は高本隆さん扮する順徳上皇の船上パレードでまつりが幕を開けました。

同まつりを主催する「能瀬川公園観桜会(かんおうかい)」会長の板坂勝義さんによると、
同会十役の一人が毎年、持ち回りで順徳上皇に扮するそうです。
まつりを盛り上げようと2007年から始まった順徳上皇船上パレードと
花嫁道中&船上パレードは、今や能瀬川の春の風物詩となっています。

船上から挨拶する順徳上皇 板坂さんの長持唄と見物人の拍手に迎えられた花嫁行列

次は、まつりの最大の目玉である花嫁道中の船上パレードと行列の登場です!
和装の新郎新婦に米俵3俵と長持ちを乗せた屋形船が、能瀬川をゆっくりと進みます。
そして、船から降りた二人は、板坂さんが唄う「長持唄(祝い唄)」と
大勢の見物人の拍手に迎えられながら、会場ステージに向かいました。
花嫁さん、とっても綺麗でしたよ♪ご結婚、おめでとうございます!お幸せに(^O^☆♪

板坂さんによると、かつては日本各地で見られた花嫁行列を再現したそうです。
昔は隣村に嫁に行くときに、長持ちや箪笥、米俵を担いだ人たちが
「長持唄」を唄いながら、花嫁行列が新郎の家まで歩いたんだそうです。

順徳上皇と新郎新婦を乗せた屋形船は、町所有の「ひふみ丸・日号」で、
当日は乗船体験も行われ、水上からも花見を楽しんでいました。

屋形船「ひふみ丸・日号」の乗船体験 会場ステージを見入る観客たち

この後、会場ステージでは歌謡ショーや各種芸能が披露され、夕方近くまでまつりが続きました。
中でも、板坂さんが歌った「朝はか」は、藩政期に地区の農民が豊作を祝って歌った民謡だそうです。
また、同地区の歴史愛好家グループ「英田塾」が復活させた昭和初期の民謡「能瀬小唄」も披露され、
当時の情景を懐かしみながら観客は聴き入っていました。

同まつりを通して、地区に古くから伝わる民謡を広く知ってもらい、
後世に伝えていきたいと、板坂さんの熱い思いが伝わってきました。

ところで、能瀬川に河童伝説があるのをご存知ですか?
古文書などの記録は残っていないのですが、同地区では
昔から「能瀬川で河童を見た」と口で語り伝えられてきました。
屋形船を運航する同まつりでは、水難事故防止のために、
好物のキュウリを供えて河童に安全祈願したこともあるそうです。
来年は、この「河童祈願」をぜひとも復活させてほしいですね(^o^)

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ギャラリー茶房『甚や倶楽部』

先日、おまん小豆の茶屋『笑み』オーナーの寺西さんと、
津幡町竹橋のギャラリー茶房『甚や倶楽部』に行ってきました。

津幡町竹橋のギャラリー茶房『甚や倶楽部』 個性的な陶器やガラス食器が展示された玄関間ギャラリー

和とモダンが見事に調和した空間の店内、評判以上のステキなお店でした。
玄関に入ると、まず目に止まったのが、個性的な陶器やガラス食器の数々です。
全国各地の作家の作品が並べられ、どれも和モダンでオシャレなものばかりです。

和モダンでオシャレな店内のカフェ アンティークな急須が飾られた和タンス

店内全ての部屋は紅壁で統一され、アンティークな急須が飾られた和タンスや
大きな壺たちが粋な空間を演出しています。
トイレまでレトロでオシャレな空間!大きなガラスの金魚鉢が飾られ、トイレに行くのが楽しくなりそう(^o^)
昔懐かしい階段を上った2階は、和装小物や洋服などが展示されたギャラリーでした。

粋な空間を演出する大きな壺 和装小物や洋服などが展示された2階ギャラリー

その日は『奏の会』民謡発表会で貸切だったため、店内の見学だけで帰りましたが、
次回は『甚や』自慢の「気まぐれカレー」をぜひ食べてみたいですね♪

レトロでオシャレな空間のトイレ 大きなガラスの金魚鉢が飾られたトイレ

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座学研修会 義仲講座④「倶利伽羅合戦後~入京まで」

第4回目を迎えた「義仲講座」は、つばたふるさと探偵団の山崎信子さんを講師に、
倶利伽羅源平合戦後の石川県での義仲軍の足跡を中心に、義仲入京までを勉強しました。

1183年5月11日の倶利伽羅源平合戦で大勝利を収めた義仲に、
志雄山の戦い(源行家×平通盛)で敗戦濃厚との知らせが入り、援軍を志雄山に向かわせます。

一説によると、義仲は倶利伽羅合戦後に、同古戦場からほど近い手向神社
太刀を奉納したと伝えられていますが、残念ながら、現在この刀は残っていません。
第2次世界大戦中の金属類回収令によって軍に没収されたか、
あるいは戦後の混乱期に盗難に遭い紛失したそうです。

一方、倶利伽羅山での平家軍の大敗を聞いた平通盛は志雄山から退却し、
倶利伽羅山から敗退してきた平維盛と宮腰(金沢市金石付近)で集結し、陣容の立て直しを図ります。

かつては宮腰にあった大野湊神社(金沢市寺中町)には、倶利伽羅源平合戦を描いた
大絵馬(幅14.33メートル)が残っており、日本一の大絵馬といわれています。

義仲たちは山伝いに津幡に入り、北中条にある三輪神社の山手、
「王城(おうじょう)」で休養のため、数日間滞在します。
その山間部には、義仲が喉を潤したとされる滝水が今も残っています。

5月25日、義仲軍は津幡から金沢の波自加弥(はじかみ)神社、観法寺、堅田と兵を進め、
平岳野(金沢駅西口・平岡野神社)付近に陣を敷き、しばらくの間、宮越に布陣した平家軍と対峙します。

金沢市堅田町の譽田別(ほんだわけ)神社の由緒には、
「木曽義仲 堅田・岩出・観法寺の嶺峰に営城ありし時に祀る云々」と記され、
本社の波自加弥神社とともに、義仲が創建したと伝えられています。

波自加弥神社のブログによると、宮司の始祖は醒井小藤太という義仲の家臣でしたが、
義仲の京上洛に供奉(ぐぶ)せず、命によりこの地に土着したんだそうです。
同神社には、倶利伽羅合戦前に義仲が奉納した三条小鍛冶宗近作「中脂矢根」の矢や、
合戦後に書記の覚明に書かせた「正八幡宮」の額が大切に保管されています。

その後、南下する平家軍を追って義仲軍が京に向かって進軍した道は、
木曾街道」と呼ばれ、起点は松任成町、終点は福井県細呂木町といわれています。
この時、義仲軍を先導した地元の武士「北国武士団」の一人、加賀の富樫氏が崇拝していた
松任金剣宮(かなつるぎぐう)を義仲が参拝したと伝えられています。
近くには、義仲が寄進した神鏡が残る夛伎奈弥(たきなみ)八幡神社があります。

木曾街道をさらに進んだ義仲軍は、笠間の郷に入ります。
笠間神社では、義仲が戦勝祈願のために兜を奉納し、
手取川が増水したため、減水祈願も行ったとされています。
そのかいあって、川が減水すると、同神社の祭神・大宮比咩神の誘導によって、
兵士たちは流されないように手を取り合って川を渡ったことから、「手取川」と呼ばれるようになったそうです。
また、同神社には、兵士たちの空腹を満たすため、矢で地面を掘ると、
清水が湧き出した「木曽義仲弓堀の井戸」も残っています。

こうして義仲軍に追われた平家軍は、安宅の関へと退却し、源平両軍は梯川河口で再び戦うことになります。
京を出発した際は10万を数えた維盛軍は6万まで減り、対して義仲軍は5万でした。
もはや維盛軍に敵を押し返す力は残っておらず、倶利伽羅合戦で義仲とともに戦った
樋口兼光や今井兼平、石黒光弘、富樫泰家らの奮闘で、維盛軍は後退し、加賀の篠原まで退きました。

ここで記しておきたいのが、安宅の関の北東にある根上の松」古戦場です。
倶利伽羅合戦を前に、燧ヶ城(福井県今庄)を攻め落とし、加賀へ侵攻した維盛軍を食い止めようと、
津幡出身の井家次郎範方が、わずか17騎でもって維盛軍と戦い、11度の戦闘をしかけた後、
根上の松まで追い詰められて、壮絶な討ち死にをしたとされています。

kurikaragassenbyobu.jpg
倶利伽羅合戦図屏風」左隻には、井家次郎範方が根上の松で討ち死にをした戦いの様子が描かれています。

続く篠原の合戦では、平家軍の武将たちが次々と捕らえられていく中、ただ一騎敵に向かって来る武者がいました。
赤地の錦の直垂(ひたたれ)に、もえぎおどしの鎧を着て、鍬の付いた兜をまとったその武将は、
手塚太郎光盛に討ち取られ、その首を義仲に差し出しました。
義仲は首を受け取ると、なんと!その顔に見覚えがありました。
首を傍らの小さな池で洗わせたところ、黒髪が白髪に変わりました。
僅か2歳で父を殺された義仲の命を助けようと、木曽に逃がしてくれた恩人、斉藤別当実盛の首でした。

実盛は源義朝に仕えていましたが、平清盛に討たれた(平治の乱)後は流れに逆らえず、
平宗盛に気に入られ平家の武将になっていました。
1183年の北陸出陣には、維盛軍に従っていた実盛は、
老いの身を侮られまいと、白髪を黒く染めて戦に望んだのでした。
義仲は、皮肉な再会となった実盛の首を抱えてさめざめと涙したといわれています。

義仲は樋口兼光を遣わし、実盛の兜と鎧の大袖などを願状とともに
多太神社(小松市上本折町)に奉納したと伝えられています。
現在、社宝(国重要文化財)として保存されているこの兜は、
実盛が源義朝から拝領されたものといわれています。

1689年、松尾芭蕉が『奥の細道』でこの地を訪れ、
「むざんやな 甲の下の きりぎりす」の一句を詠んでいます。

この実盛のエピソードで有名な篠原古戦場(加賀市)には、
実盛の首を洗ったという首洗池」を始め、実盛の亡骸を葬ったと伝えられている実盛塚」や、
実盛が髪を染める時に使った鏡を投げ入れた鏡の池」など、実盛の伝説にまつわる場所が残っています。


より大きな地図で 倶利伽羅源平合戦後の石川県での義仲軍の足跡 を見る

篠原の合戦でもあっけなく勝利した義仲軍は、一気に京へ向かい、
まず越前の国府(福井県武生)に入り、都入りの作戦会議を行います。
都に入る前に、山門(延暦寺)の大衆3千人に坂本(滋賀県大津市)辺りで妨害される場合を考え、
その方策で頭を悩ませていた義仲に、書記の覚明は牒状(ちょうじょう)を送ってはいかがかと提案しました。
義仲は覚明に、源氏に味方するよう依頼する牒状を書かせ、6月10日に「木曽山門牒状」を山門に送りました。

牒状を送った義仲は国府を出発し、近江に進軍し、蒲生野(がもうの)に陣を取り、返牒(へんちょう)を待ちます。
山門の大衆は僉議(せんぎ)の結果、義仲に味方することを決め、7月2日にその旨の返牒が義仲に届きました。

この義仲と山門とのやり取りを知らなかった平家は、義仲が返牒を受け取った3日後の7月5日に、
平宗盛他9名の連署にて山門に協力するよう願書を送りますが、一足違いで同意されませんでした。

都への入口、比叡山に義仲が入ったのは7月22日でした。
義仲が入京することを恐れた平家軍は、7月25日に6歳の安徳天皇を連れ、
総勢7千余騎で清盛が生前作った福原(摂津国・神戸市)へ逃げ出します。
その前日、平家の目を盗み延暦寺に身を寄せていた後白河法皇を守りながら、
7月28日、義仲軍は戦いをすることなく京に入りました。

次回の義仲講座は、義仲最期の戦いとなる「入京~粟津ヶ原」です。ぜひ、お楽しみに!

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「能瀬川公園桜まつり」が開催されます!

来週日曜日の4月14日に、満開間近のソメイヨシノ100本が両岸に並ぶ能瀬川で、
能瀬川公園桜まつり」が開催されます。
津幡町能瀬地区の町おこし住民グループ「能瀬川公園観桜会」が主催するこの桜まつりは、
鎌倉時代に承久の乱で敗れた順徳上皇が佐渡へ流される途中、
同町御門(みかど)で3年間滞在したという伝説がテーマになっています。

屋形船が行き交う桜満開の能瀬川

順徳上皇の船上パレードや、和装の新郎新婦が水上をパレードする「花嫁道中」など、
当日は桜舞う能瀬川を屋形船が行き交い、さながら絵巻物のような情景を楽しめます。
乗船体験はもちろん、多彩なステージショーや餅つき大会もありますよ♪

◆当日プログラム※雨天決行(延期なし)
9:30 開会花火打ち上げ・順徳上皇船上パレード
9:45 開会式・観桜会代表挨拶・来賓挨拶
10:00 花嫁道中・船上パレード・花嫁行列(祝い唄)・ステージトークショー
10:45 民謡(村田民謡会)
11:15 ロックバンド演奏(フォーリーフクローバー)
11:45 和太鼓(鼓月)
12:15 もちつき大会
(休憩:和服パフォーマンス)
13:00 ヒップホップダンスショー(東原慶とその仲間たち)
13:30 書道パフォーマンス(橋本洋子)・詩吟(東繁夫)
14:00 チアダンス
14:30 女性コーラス(コールあじさい)
15:00 三輪一雄ショー

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