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座学研修会 義仲講座①「誕生~青年時代」

昨日の座学研修会は、今津幡町で一番ホットなテーマ「義仲講座」です。
つばたふるさと探偵団の江口紋子さんを講師に、
今回は「義仲の誕生~青年時代」について勉強しました。

講師の江口紋子さん 義仲講座に聴き入る会員たち

1154年に武蔵国(埼玉県)で生まれた義仲は、2歳の時に
父・義賢を叔父・義朝の長男・悪源太義平に殺されます。
悪源太義平は源頼朝の兄に当たり、後に義仲は頼朝の弟・義経に殺されますが、
まさに因縁ともいうべき、親族間の権力争いに翻弄された人生だったといえます。

義仲の母・小枝(さえ)御前は秩父の豪族の娘だといわれていますが、
遊女説が有力なようです。非常に美人だったそうです。

母・小枝御前は幼い義仲を抱えて、信濃国(長野県)の木曽に逃れます。
その際、敵方の斉藤実盛が助けたといわれていますが、
この実盛と義仲は、後に皮肉な運命を辿ることになります。

義仲は2年後に生まれる巴御前の父・中原兼遠の許で育てられ、
兼遠の息子・兼平や兼光、そして巴と共に幼少期を過ごします。
早くから義仲のすばらしい天性を見抜いていた兼遠に、
文武両道を鍛えられ、義仲はたくましく成長していきます。
 
13歳で京都の石清水八幡宮で元服(成人式)の儀式を行い、
後白河天皇の二男・以仁王(もちひとおう)の命を受け、
平家追討の旗揚げをしたのは、義仲26歳の1180年でした。

この間10数年の空白については、資料がほとんど残っていないのですが、
おそらく木曽の山中で武芸に励んでいたと思われます。
そして、青春期といえば、やはり気になるのが女性関係ですが、
義仲には巴、山吹、葵の3人の愛する女性がいたといわれています。

つばたふるさと探偵団の越野昭会長によると、
当時の結婚は、男と女は別々の家に住み、男が女の家に通い、
女が子どもを育てるといった慣習があったそうです。
男は妻宅以外に、妾宅にも自由に通うことができたんですね。

巴、山吹、葵の3人は女武者として義仲と共に戦い、
なかでも、倶利伽羅源平合戦で活躍したは有名です。
本当に男冥利に尽きる男だったんですね!義仲は(^o^)

では、次回の義仲講座は「旗揚げ~埴生護国八幡宮」です。
ぜひ、お楽しみに!

テーマ : ☆北陸(富山・石川・福井)の情報☆
ジャンル : 地域情報

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